戻る

 

 総見は大きく欠伸をすると静かに歩きだした
 今日は、学生が敷地内から逃げるのを妨げる役目ということで招集を掛けられたが
 彼の持ち場に人が現れる事はなく、程なくして解散の命令が下った
 総見は小さく溜息を着くと、静かに空を見上げる
 紅い月が美しく輝く夜であった
 直ぐ様闇の空間に帰還しても良かったのだが、どうにも月夜が美しく
 総見はしばし夜の学園を散策し始めた
「夜ってのは良いなぁ、気持ちが落ち着く・・・」
 闇夜の静寂が心地よく、総見は静かに笑みを浮かべた
 夜は好きであった、何より月の綺麗な夜が良い
 しばらく歩き、満足した
「そろそろ帰るか・・・・」
 呟き、月から視線を下ろした瞬間、ふと目についた
 ひとりの青年が、花壇の傍に腰を下ろしている
 髪足元まで伸びきった髪で顔は良く見えない、体はまるで干物のようにやせ細っていた
 青年は肩を落とし、荒く息をしている様に見えた
 総見は慌てて走り寄る
「あんた、大丈夫か?」
 声をかけられ、青年は驚いたように顔を上げた
 やはり顔はよく見えないが、髪の間から覗く瞳は、どことなく悲しげな光を称えていた
「あぁ・・・いや・・・・・気にするな・・・少々食いすぎてな・・・・」
 青年は力なく答えた
「具合が悪いのか?童子サンのとこ・・・あー・・保険室に連れていこうか?」
 お人好しな男だ、青年はそう呟いた
 青年は少し考えた後
「そうだな・・・保健室に行けば良いな・・・」
 と呟き、ゆっくりと立ち上がる
 だが、次の瞬間、青年はヨロヨロとその場に崩れ落ちる
 慌てて総見は彼を抱きとめた
「お、おい!!?大丈夫なのか??」
「はは・・・大事ない・・・・・久方振りに起きてな・・・歩くのを思い出すのに時間がかかる・・・」
 青年は、少し観念したかのように、肩を貸してくれと声を上げた
 総見は静かに彼の手を肩にかけ、彼を支えるように歩きだした
「俺は総見、あんた・・・名前は?」
 不意に問いかけられ、青年は少し考えた後答えた
「名・・・か・・・・皆からは王と呼ばれておる」
「王・・・・殿さんか!!・・・・それは役職であって名前じゃないだろう?」
 切り返され、青年は考え込む
「長らく名前など呼ばれておらぬな・・・・ふむ・・・名か・・・・そうだな・・・ダークとでも呼ぶが良い」
 青年は答えた
「だあく・・・だな!!」
 総見の復唱
 そのアクセントがあまりに可笑しく、青年はプッと吹き出した
「はははははははは・・・・」
 青年に笑われ、総見は顔を赤らめた
「わっ・・・笑うなよ、横文字は苦手なんだ・・・・」
 青年は笑いながらすまないと答え、静かに月を見上げた
「ふむ・・・・笑ったのは久方振りだな・・・」
 総見も空を見上げる
 赤い月が美しく輝いている
「そんなに、寝ていたのかい?」
「あぁ・・・体調が優れぬのでな、定期的に長い眠りをとらねばならぬ体だ・・・」
 体調が悪いと聞かされ、総見は青年を軽く睨む
「なら、外に出歩いちゃだめじゃねぇか、しかも裸で!!!」
 その言葉に、ダークはキョトンと目を開いた
「叱られてしまったか、まぁ床の間に居続けたなら外に出歩きたくもなるだろう?それと私は裸で寝るものでな・・・」
 とりとめもない世間話だった
 それでも何故かダークは嬉しそうに笑っていた
 不思議な時間であった
 程なくして、二人は保健室の前にたどり着いた、総見はそばの待合椅子にダークを座らせ
「童子さ・・・じぇいど先生・・いるかい!?急患なんだ!!」
 声を上げた
 程なくして、「ほほーい」という明る返事の後、ドアが横に開く
 大地王ジェイドは、総見を見、そしてその後ろで座るダークに視線を移し、驚いたように肩を竦めた
「ありゃぁ?珍しい組み合わせだこと」

「じゃぁ、だあく、お大事にな?」
 ダークを送り届けると、総見は保健室を後にした
 彼が帰った後、ダークが静かに口を開いた
「面白い男を飼っておるではないかジェイド・・・」
 その言葉に、ジェイドはニシシと笑みを浮かべた
「ありがとーございます♪、ウチの切り込み隊長ですよ」
 ダーク・・・魔王は
 嬉しそうに、子供の様に笑みを浮かべる
「久方振りに笑い、久方振りに叱られてしまったわ・・・・」
 とりとめもない出来事を、まるで貴重な思い出のように話す
 そして保健室の窓から月を見上げ、息を吐く
「今宵は・・・・本当に良い月夜だ・・・・」
 そんな魔王の手の中に、不意に丸薬が落とされた
「魔法薬ですよー、体内の膨張した魔力を安定させる効果があるんで、これ飲んでゆっくりしてくださいねん♪」
 王は、「うむ」と頷くと、丸薬を飲み込んだ
 小さく息を吐き出した後、王はつぶやく様に言葉を紡いだ
「世話をかけるな・・・・」
 その言葉に、ジェイドは肩を竦めた
「何を今更、こちとら、貴方様に踏みつけられてからずーっと迷惑かけられっぱなしです☆」
 そして二人は破顔した
「さて・・・そろそろ良い時間だ、眠りに着くとしようか」
 ダークは静かに呟き笑を浮かべる
「今宵は楽しかった、面白い男に会えた・・・それに、根暗なムカデと久方振りに話も出来たしな」
「へぇへぇ性悪でござんすよー」
 それに悪態で答えるジェイド
 そうしているうちにも、ダークの体は形を失い、黒い霞みとなり霧散していく
「では・・・・数百年後に会おう・・・・・そうだ・・・総見といった、あの男に何か礼をしておいてくれ・・・頼んだぞジェイド・・・・・」
 その言葉を最後に、魔王は深い眠りについた
 掻き消えた、魔王を見つめると、ジェイドは少し寂しそうに呟いた
「はぁ・・・ダチンコが消える姿ってのは、何度見ても慣れないもんだねぇ・・・・・・」
 赤い月は朝の光に消えていく
 新しい朝が世界を照らす
 ひとりの青年を闇の淵へと押し込めて・・・・・・